一方、アカマツの幼苗のほうは、1ヵ月以上経っても違いが認められませんでした。


この実験によって、都心からコケが消失する原因は、大気汚染であることがはっきり証明できたのです。


そればかりでなく、コケが高等植物よりはるかに敏感であることも明らかになりました。


亜硫酸ガスによるくん煙実験では、コケがかならずしもアカマツより敏感であるとはいえなかったのです。


さらに興味深い事実は、大気中の汚染物質の濃度です。


実験の行なわれた目黒区下目黒は、若生砂漠地域にごく近いところであり、コケが枯れても不思議ではありません。


しかし、汚染物質の濃度がそれほど高いとはいえないのです。


近くの汚染観測所の測定データによると、亜硫酸ガスの濃度は、1日のうちもっとも高い時間で、0・1PPm程度であり、平均すれば0・05PPm以下だそうです。


くん煙実験では、0・2PPmの濃度で毎日5時間、1ヵ月の間くん煙をつづけても、これらのコケは枯れることがなかったのです。


ただ新しい枝の生長量が少し減少しただけでした。


空気浄化試験を行なった下目黒の空気がもつ毒性は、亜硫酸ガス濃度に換算すれば0.2PPmをはるかに超えるものであるといえます。

日本のある林業試験場では1971年度中に実験装置をつくることになりました。


床面積3・3平方メートルほどの大きさですが、これだけの部屋の空気を完全に浄化するのは簡単ではありません。


研究者は、コケを使う実験装置ならば、ごく小さくできるのではないかと考えてはいたものの、日本ではどのような結果が出るものか予想ができない状態であったため、実験には踏み切れなかったそうです。


ちょうど、そのとき、この実験を企画した造林研究室の技官が、手づくりの装置で予備試験をはじめたそうです。


それは、一辺約30センチの小さなビニール張りの部屋をつくって、20ワットのエアポンプ2台で送風するという装置です。


そして、中に入れる試験材料には鉢植えにしたアカマツの幼苗が選ばれました。


このことを聞いて、コケをいっしょに実験してもらうことにしたのだそうです。


コケは4種類選んで、プラスチックの丸いケースに敷いた脱脂綿に植え、それを浄化試験装置の中に入れてもらいました。


結果は予想以上のものでした。


浄化していないほうの部屋に入れたコケの一部は数日で変色がはじまり、10日後見たときには、完全に枯れていたのです。


活性炭で浄化した空気を通じた部屋に置いたものは、なんの被害も受けず生き生きしていました。

不法入国者は、莫大な社会的コストを生み出しています。


移民帰化局(INS)は、100万人の不法入国者について政府が負担する純コストは、毎年12億6000万ドルであると推定しています。


特にINSがはじき出したところでは、不法移民100万人当たり9億9500万ドルの税収がありますが、連邦・州・地方の各政府が毎年負担するコストは22億5000万ドルです。


これら増加するコストの内訳は、教育費が2億6200万ドル、失業給付に1億8100万ドル、社会福祉に1億1500万ドル、健康管理に9300万ドル、法律の施行のために9100万ドル、追加的転職のコストが15億ドルです。


数百万のアメリカ人が不法入国者に職を奪われているため、転職のコストは非常に高くなっているのです。


『不法移民"転職と社会的コスト』の著者ドナルド氏は、大まかに言って、雇用されている不法入国者100人当たり65人のアメリカ人労働者が解雇されたと算定しています。


もし著者たちが推定しているように、550万人の不法入国者がアメリカで働いているとすれば、約350万人のアメリカ人労働者が結果的に解雇されたことになります。


報道によると、推定50万人の不法入国者が毎年アメリカの人口に付け加わっています。


アメリカに現在いったい何人の不法入国者が住んでいるのか、誰にも確かなことはわかりません。


移民帰化局の中ですら、1986年の推定値に300万人から1500万人までの幅があるのです。


80パーセントは、メキシコと他のラテン・アメリカ諸国からやって来たと考えられています。


こうした大量移住はアメリカの南西部で、外国人が必要とする公共サービスを提供するための地方政
府の受容能力をパンクさせる恐れがあります。


テキサスでは2ケ国語教育を受ける学生数が、過去3年間に倍増しました。


国境の町ブラウソズヴィルでは、3万人の公立学校生徒の3分の1がメキシコからの人たちであり、幼稚園児10人のうち9人までが英語をほとんどもしくは全く話せないそうです。


ロサンゼルス地区では、統合学区入学者の半数がヒスパニックの生徒であり、州立病院での出産の64パーセントは今や不法入国の外国人で占められています。


これらの都市で働き口を見つけられないために、ラテン・アメリカの人々(特にメキシコと中央アメリカ)は、アメリカへと北上をしはじめました。


アメリカで暮しを立てるということは、これら数千万の人々にとってバラ色の夢なのです。


この夢は新聞・テレビ・ラジオによるアメリカ生活物語りによって強調され、すでにアメリカに住んでいる家族や友人たちからの手紙には故郷での収入の10倍も払ってくれる働き口のことが書かれていて、人々の気持ちを煽るのです。


さらに重大なことは、このメッセージが移住しやすい若い人々(メキシコ人と中央アメリカ人の半数以上は20歳以下)に届くということ。



これらの人々は、仕事を探すために国境を越えようと必死に身構え、実際超えることができるのです。


中央アメリカ諸国からの移住(とりわけエルサルバドルとグアテマラ)は、戦乱によって拍車がかかっています。


推定100万人のエルサルバドル人が家を追われ、約50万の人々がすでにアメリカに移住しているのですが、そのほとんどは入国ビザなしなのです。


原因が何であるにせよ(戦乱、人口圧力、急増する失業)アメリカに押しかける移民は1970年代に勢いを増しました。


この先何年もそれが強まることは明らかでしょう。


アメリカに住む親族や友人と非常に効果的な通信ネットワークを作ることによって、それはごく簡単にできます。


あまりに多くのメキシコ人がアメリカに来たがるので、国境の両側ではもうけの多い大規模な外国人密航が急増しているのです。


通常、都市化によって基本的なサービスは手に入りやすくなるものです。


しかし、最近の移住はあまりにも大量で、ほとんどの都市で働き口、居住設備、水道、ご処理、交通、教育、医療を提供する都市機能がパンクしてしまっているのです。


多くの第三世界の都市では、半数以上の人々がスラムや非合法な無断居住地で段ボールや木、スクラップ金属で作ったバラック住宅に住んでいます。


さらに世界銀行は、発展途上世界の都市部に住む極貧家庭が、1980年から2000年までの間に倍になるだろう、と見込んでいました。


これらの多くの都市では犯罪がはびこっています。


ギャラップによれば、リオデジャネイロの住民10人につき、4人が犯罪の犠牲者になったといいます。


1400万人以上の人口をもつ都市、サンパウロでは、犯罪がいちばんの問題だということが住民の意識となっています。


実際、この問題は深刻で、集団による犯罪者へのリンチが日常茶飯事になっているのです。


ラテン・アメリカの人口は、3分の2が都市であふれかえっており、ここほど圧倒的な都市化が進んでいる所はないでしょう。


メキシコ・シティーの爆発的な人口増加は、この地域で起きている都市化の不気味な速さを示しています。


1960年に住民500万人だった、メキシコ・シティーは、1985年までに推定800万人に膨れ上がりました。


2000年までに、この都市は人口3000万人以上をかかえる世界最大の都市になると見られていました。


現在のメキシコ・シティーの人口増加はすでに見積りを超えており、不安材料となっています。


メキシ・シティーの人口動態の成り行きと同じことが、ラテンアメリカの他の都市集中にも起きています。


2000年までに、サンパウロの住民は2600万人になると見込まれていましたし、リオデジャネイロでは1900万人、ブエノスアイレスとリマではそれぞれ1000万人と推定されています。


商業銀行、国際通貨基金および他の国際的融資機関との累積債務の繰り延べ協定交渉の一部として、発展途上国は広範な輸入制限を行っています。


しかし、これもアメリカの雇用が失われる原因なのです。


メキシコは国家財政赤字を単年度内に半減し、1981~83年の間、輸入を3分の2も切り詰めました。


ラテン・アメリカ全体でも、主な国々は生活水準を切り下げ、政治的経済的不安定という危険をあえて高めてきました。


このような耐乏は、必然的に先進工業国の経済をいためつけます。


1982~83年のアメリカの対ラテン・アメリカ輸出の急減は、アメリカ国内の職を約40万も失わせたのです。



発展途上国が充分な働き口を用意できないので、これらの人口は移動をはじめています。


過去20年以上にわたって、数億人の人々が働き口を求めて田舎を離れ、発展途上世界の過密都市にやってきたのです。


この大量移民の量は、空前の大きさになりました。


たとえば1950年には世界の5つの都市が人口500万人を超え、そのうち発展途上世界にあるのはブエノスアイレスただ1つでした。


2000年には、52の都市が人口500万人を超えたのですが、そのうち40は発展途上世界の都市なのです。


1984年の最も人口過密な10都市のうち、7つは第三世界の都市でした。


ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、韓国などの国では、1970年代に借り入れた負債のほとんどの部分が近代的設備をもつ鉄鋼プラントに投資されましたが、世界的な過剰生産能力のために、現在では利益の出るような操業はできないのです。


これらの設備の多くは国有であり、これが生み出す雇用・所得・獲得外貨は喉から手が出るほど欲しいものばかり。


なので、第三世界政府はその操業を助成し、生産した鉄を採算割れで先進諸国に売りさばいています。


1983年に初めて、第三世界はアメリカでの外国産鉄鋼の主な供給者となり、日本とヨーロッパを凌ぎました。


発展途上国と先進工業国のどちらでも、助成を受けている鉄鋼会社はアメリカや世界市場でシェアを伸ばし、助成を受けていないアメリカの鉄鋼会社は減産と労働者の解雇を強いられました。


同様に、銅の世界市場が1981年と82年に急激に不況に落ち込んだとき、チリの国営企業は銅の
販売について助成を受けていましたが、この国営鉱山は不安定な労働力を雇用しつづけるために生産をつづけていました。


しかし、チリのこのような行為はアメリカの製銅産業をほとんど恐慌時の操業水準に追い込み、アメリカ企業と労働者は、世界全体の銅販売減少分とその結果生じる失業のほとんどすべてを背負い込むハメになったのです。


歯止めのかからない人口成長と弱体な開発能力が相まって、第三世界の政府は現在の職と企業を保護するといういプレッシャーをかけられ続けるでしょう。


こういうプレッシャーは、1970年代にこれらの国々がこしらえた莫大な負債によってますます強められています。


当時、これらの国は成長しはじめた人口のニーズに応えるために、経済規模を拡大しようと図っていました。


第三世界の累積債務問題は、ラテン・アメリカに最も厳しい衝撃を与えています。


ここでは対外累積債務は1986年初頭に3600億ドルに達しています。


これらのほとんどはブラジル(1000億ドル)、メキシコ(970億ドル)、アルゼンチン(500億ドル)、ベネズエラ(35億ドル)に集中していました。


雇用確保と債務の返済のために、発展途上国は輸入を制限し、輸出に補助金を出し、外国からの投資を厳しく規制しています。


鉄鋼、製銅産業は、そういった行為が先進国世界の労働者や企業をどれほど脅かしているかをはっきりと示しています。



ほとんどすべての発展途上国の国民は、職についてはお先まっ暗な見通しに直面しています。


実際、もし第三世界が、目の前に横たわるこの恐るべき雇用創出・・・(次の35年間に10億の新しい職)に挑戦せざるをえないとすれば、現在アメリカ・日本・ヨーロッパに存在するすべての職を合わせたものの、4倍の数の職を創り出さねばならないのです。


ほとんどの発展途上国は、このような職を創る能力を持っていません。


これら諸国は目前のこの任務に必要な基礎的、経済的インストラクチャー、公共事業、資本、技術、教育を受けた労働者、学校、公共部門・民間部門の双方に必要な基本的な管理ノウハウを欠いています。


さらに、先進工業国にかりにより多くの援助を申し出る用意があったとしても、近い将来このような発展のためのインフラストラクチャーを創り上げることは、ほとんどの国にとって不可能なことです。


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